2022-01-01から1年間の記事一覧
『正岡子規──五つの入口』大岡信(岩波書店1995)より抜粋 * * * * * 鳴神の鳴らす八鼓ことごとく敲きやぶりて雨晴れにけり 鳴神の遠音かしこみ戸を閉ぢて蟻の都は雨づつみせり 瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり 藤なみの花をし…
『挑発する俳句 癒す俳句』川名大(筑摩書房2010)より抜粋 * * * * * ランプ 富澤赤黄男 ─潤子よお父さんは小さい支那のランプを拾つたよ─ 落日に支那のランプのホヤを拭く やがてランプに戦場のふかい闇がくるぞ 灯はちさし生きてゐるわが影はふとし 靴…
『山頭火百二十句・道の空』村上護(春陽堂書店1992)より抜粋 どうしようもないわたしが歩いてるゐる 雪へ雪ふるしづけさにをる 生死(しょうじ)の中の雪ふりしきる 何を求める風の中ゆく 砂に足あとのどこまでつづく ゆく春の夜のどこかで時計鳴る 水に影ある…
物言わぬ人の口紅冬の霧 寒月や真っ直ぐになる今になる 底冷えのターミナル覚めて見る、夢 ニベア缶冷たし青し朝の卓 藪柑子下がって揺れた小鳥分 穴を掘る遊びをしよう細雪 阪神忌樒の山へ分け入らむ 断崖、瀑布、寒禽やがて見喪う 寒鮒や紅き腑をもつ身の…
月冴ゆるあやかし四方に伸びる影 伝奇本うつ伏せのまま読む冬日 見覚えのある人といて冬紅葉 鯉の口ぼやんと吐きし小春かな 山茶花の谿間音なく前をゆく 冬椿写す少年は少年と 凩や白い柱の建つ宇宙 堰堤で終わる足跡水涸るる 空色の背表紙並べ春隣 虹を吐く…
冬立つと黒猫小さな脚揃え 冬の靄ビルに群がる言葉達 網膜の中のむらさき冬の朝 膜状の翅切り落とし小春かな 小春日和無数に分かれゆくコロニー 木の葉散る叫びのためにある世界 鳰いまつくる波つくる波 顔見世の列に鰭ふる異形あり 白障子わななく触手昼深…
冬の海黒手袋の指し示す ポインセチア赤で真っ赤で真剣で holly night はぐれて薔薇の芽は赤い 山茶花の花踏んでおり担送車 風花よ後部座席は暗いまま 出発の荷物にもたれ寒の月 大寒や水底の草死にきれず 飽きもせず虎造唸る冬座敷 蝋梅や全く冷えてしまい…
『近現代詩歌』短歌/穂村弘選(河出書房新社2016)より抜粋 宮沢賢治(宮沢賢治全集/筑摩書房1996) まことかの鸚鵡のごとく息かすかに 看護婦たちはねむりけるかな。 いざよひの 月はつめたきくだものの 匂をはなちあらはれにけり。 雲はいまネオ夏型にひかりし…
* * * * * * * * * * 白い羽根が一枚堕ちてゆく 北窓は光に満ち 遠く工事現場のクレーンが動き始める 窓際で豆苗はすくすくと育つ シンクの中のお皿とお箸、マグカップ たったこれだけの物を洗うことができなかった 昨日の自分を嗤え 詰め替えない…
『君に目があり見開かれ』佐藤文香(港の人2014)より抜粋 柚子の花君に目があり見開かれ 手紙即愛の時代の燕かな 歩く鳥世界にはよろこびがある ひかりからくさりかいしてぼくのきず 醒めてゐてひかりをひととみまがへる 今日の手をあつめてすすぐ月の庭 たん…
『定本 現代俳句』山本健吉(角川書店1998)より抜粋 加藤楸邨 かなしめば鵙金色の日を負ひ来 (前略)秋の夕べの輝きを負って、鵙が高音を張りながら一直線にこちらの樹へ飛翔してきたのである。「鵙日和」とか「鵙の晴」とかよく俳句で用いられるように、その…
『孤燈春秋──俳句、言葉の空間』 塚本邦雄(五音と七音の詩学 大岡信編/福武書店1988)より抜粋 暮れ早き燈に躍りいづ萩一枝 加藤楸邨 萩の花くれぐれまでもありつるが月出て見るになきがはかなさ 源実朝 ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ…
『竹林凊興』北原白秋(現代俳句集成別巻1文人俳句集 河出書房新社1983/靖文社1947)より抜粋 聴けよ妻ふるもののあり たまさかに浪の音して夜の雪なり 震後 日は閑に震後の芙蓉なほ紅し (家大破して住むに能わず) 紅い芙蓉をひとまはりして来る子です 雁来紅…
『白秋詩抄』北原白秋(岩波文庫1933)より抜粋 風 一 遠きもの まづ揺れて、 つぎつぎに、 日に揺れて、 揺れ来るもの、 風なりと思ふ間もなし、 我いよよ揺られはじめぬ。 ニ 風吹けば風吹くがまま、 我はただ揺られ揺られつ。 揺られつつ、その風をまた、 …
『文豪と俳句』〈川上弘美〉の章──小説をヒントに読み解く俳句の謎 岸本尚毅(集英社新書2021)より抜粋 人魚恋し夜の雷(いかずち)聞きをれば 目ひらきて人形しづむ春の湖 十六夜や川底の人浮かびくる あめみたよなこゑのをんなだつたよな 春の夜人体模型歩き…
『石垣りん詩集』伊藤比呂美編(岩波文庫2015)より抜粋 唱歌 みえない、朝と夜がこんなに早く入れ替わるのに。 みえない、父と母が死んでみせてくれたのに。 みえない、 私にはそこの所がみえない。 (くりかえし) ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•…
『左川ちか全集』島田龍編(書肆侃侃房2022)より抜粋② 眠つてゐる 髪の毛をほぐすところの風が茂みの中を駈け降りる時焔となる。 彼女は不似合な金の環をもつてくる。 まはしながらまはしながら空中に放擲する。 凡ての物質的な障碍、人は植物らがさうである…
ファーブルの帽子暗坂虫の声 葛の葉や帽子の裏の頭文字 しゃがみ込む人影蒼く酔芙蓉 鶏頭咲く小さな駅舎瓦屋根 塔、館、城塞越えて秋彼岸 天高し誰も凭れていない窓 嚔して人へと戻る刈田かな 金木犀歪んだ列の最後尾 琴柱窓ひそりと開く草の花 黒髪を広げて…
秋暑し絵本に薄く土埃 爽籟や紡ぐ煌びやかなる漏斗 深淵に水蜜桃の舟舫う あやまたずふかみへ連む星祭 真葛原人の形を記憶して 祭礼を待つ神の座にこぼれ萩 なぜ月がついてくる燃える密林 秋の暮どのベンチにも父がおり 庭先で急ぎ封切る火の恋し ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•…
青蜜柑唄の中ゆく貨物船 秋の潮無数に開くクラゲの眼 外は月夜らしい山椒魚黙す 木が走るかたかたかたかた良夜かな 狐花のりうつられていくけはい 白杖のしだいに細く十三夜 否と言う夢の覚め際秋彼岸 蹠は十字に痛む薄紅葉 指に垂れる針の尖端万聖節 崩れ落…
秋深しマダムはゆったり歩くもの みな死ねと森のドングリ踏めば悪 黄落や褪せた詩集の音となる 秋立ちて足の鋭き爪隠す 全盛期ならば殺してゴーヤ棚 生前にわかり合えない桔梗咲く 帰る人濡縁に立つ夏の終 蟷螂の渡る沓脱石の縞 寝返れば遠のく気配蘇鉄の葉 …
『漱石俳句を愉しむ』 半藤一利(PHP研究所1997)より抜粋 朦朧と霞に消ゆる巨人哉 或夜夢に雛娶りけり白い酒 ものいはず童子遠くの梅を指す 短夜の芭蕉は伸びて仕まひけり 五月雨の弓張らんとすればくるひたる 細き手の卯の花ごしや豆腐売 竿になれ鉤になれ此…
『こうちゃん』須賀敦子/酒井駒子(河出書房新社2004)より抜粋 あなたは こうちゃんに あったことが ありますか。 こうちゃんって どこの子かって。そんなこと だれひとりとして しりません。 ただ こうちゃんは ある夏のあさ、しっとりと 霧にぬれた草のうえ…
『さよならは仮のことば』谷川俊太郎(新潮文庫2021)より抜粋 黒板 (あたしとあなた/2015) (あなた)に あたしを代入すれば この式は 解けるのだろうか 黒板の 前で 立ちすくんでいると みんな 帰ってしまった こんなことは 何でもない もっと 差し迫ったこと…
『左川ちか全集』島田龍編(書肆侃侃房2022)より抜粋 緑 朝のバルコンから 波のやうにおしよせ そこらぢゆうあふれてしまふ 私は山のみちで溺れさうになり 息がつまつて いく度もまへのめりになるのを支へる 視力のなかの街は夢がまはるやうに開いたり閉ぢた…
後々親族に有名人がでたら、NHKファミリーヒストリーの取材がくるかも…と思いながら書いてみた。 訳あって本家で育つ子はもういない。外孫の甥っ子達がいつか知りたいと思う日がくるかもしれない。私の記憶の中にある一族のルーツの話である。 元は伯耆の国(…
女性俳句の世界/俳句研究別冊(富士見書房2001)より抜粋 冬野 虹 荒海やなわとびの中がらんどう ささゆりにあをき両掌をたらしけり 圧鮨やゆるく野原を走る人 水に澄むふたつのからだ羊追ふ 花の野をみしりと使者の分け入りぬ ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•…
『返り花』久米正雄 (増補現代俳句体系第五巻/角川書店1981)より抜粋 松柏の嵐の底や返り花 うらゝかや袱紗畳まず膝にある 一筋の水を落して梅の門 夏めくや合せ鏡に走る虹 夏めくや軋るお厨子の蝶番ひ 蚊帳の香のほのかなる闇へ踏み入りぬ 島の崖一つ紅さす…
『久米正雄作品集』石割透編(岩波文庫2019)より抜粋 ☆牧唄句抄(中央公論1922) 朝顔に煤が降る月島に住む 漁城(ぎょじょう)移るにや寒月の波さゞら ☆句集・返り花(抄) (甲鳥書林1943) 兄よりも禿げて春日に脱ぐ帽子 炬燵今日なき珈琲の熱さかな 神輿いま危き…
遺句集『風のかたみ』多田智満子/高橋睦郎編(書肆山田2004)より抜粋 身の内に死はやはらかき冬の疣 薄日さす白き草の府草の王 春寒くのみどにうごく佛かな 滿開の椿ごもりや隱れ鬼 甕埋めむ陽炎くらき土の中 道は道に迷ひて春の道祖神 舞へや舞へ片目つむり…