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echire☆echire project 俳句の記録

聖歌

『全山落葉』仲寒蟬(ふらんす堂2023)より抜粋

 

 

 

 

 

 

海底に沈む神殿月日貝

炎昼や壁に塗り込められし門

どの水も人を欲して桜桃忌

 

たんぽぽをたどればローマまで行ける

黒板のゆるき湾曲冬に入る

どの扉開けてもそこが春の牧

逃げて来て稲妻の尾を戸にはさむ

 

春昼を食つてこんなに大きな犀

遠からず人間になる鶏頭花

むささびや夜のどこかにひらく火山

 

 

 

 

 

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仲寒蟬氏の第3句集。楽しく詠んでいるのが伝わってきて、読後感がなんとも心地よい。

現象があって、観察する自分がいて、それを眺めるもう一人の自分がいる、メタ世界感。現代川柳作家に近い感覚と言えるだろう。

 

 

 

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どこからか聖歌ひろがるどこまでも

 

 

虎落笛

『才人と俳人 俳句交換句ッ記』堀本裕樹(集英社2023)より抜粋

 

 

 

 

 

 

 

 

小鳥たち交わり散ってここは未来 小林エリカ

  舌と舌離るる刹那小鳥来る 堀本裕樹

 

宝船の残骸打ち寄せて夜明け 藤野可織

 

橙が群青に落ち葉は宙ぶらりん 児玉雨子

 

春昼や鳩の出でざる鳩時計 川上弘美

  春昼の杖つと倒れ蛇となる 堀本裕樹

 

斑猫や火星のような庭に飛び 桃山鈴子

 

鹿の諸目にはさまれて風やみぬ 阿部海太

 

読みさして栞ななめに去年今年 松浦寿樹

  字を追へばしたたりだせり去年今年 堀本裕樹

 

 

 

 

 

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ゲストは提案された季語の中から好きなものを選び、俳句とエッセイを提出。堀本氏がそれに応えて句を返す、すなわち「挨拶句」としての側面に特化した企画と言える。

 

俳句だけで選ぶと上掲あたりが私のお気に入りなのだが、エッセイと合わせて読むと又違う評価になるのが面白い。又吉直樹氏の「一本の歯ブラシ憎し春寒し」は、俳句は並だがエッセイは秀逸、今回のイチオシである。

 

 

 

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夥しい目が翅音が虎落笛

 

漱石忌

『いま二センチ』永田紅(砂子屋書房2023)より抜粋

 

 

 

 

 

 

 

 

眩しさに耳塞がれているような昼下がりひ、ふ、み、蝶がゆく

 

重心を分かちてのちも水紋が交わるようにひびきあいたり

 

脱皮して洗濯バサミにみずからの影干すような平面の昼

 

カナヘビが腹あたためる静けさに重心深くこの町に住む

 

草原にくさはらと打つルビのようにあなたの傍をやわらかくする

 

 

 

 

 

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永田紅さんの第五歌集。両親共に高名な歌人であり短歌が家業という出自、ご本人も華々しい経歴──の割には、簡素で素直な歌が並ぶ。

 

一見するとほぼ子育て日記なのだが、どの程度が創作なのだろう。拘りが無いようで、実は綿密に計算されているのかも知れない。ドキュメンタリー(風)は時に嘘を付く。

 

 

 

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月差さば木は這い出でて漱石忌

 

半鐘とならんで高き冬木哉 漱石

銀杏落葉

『ウォーターリリー』川野里子(短歌研究社2023)より抜粋

 

 

 

 

 

 

(ていねいにするどく爪で折つてゆく黙らせるための鶴のくちばし)

 

(折つて折つてちひさくなつたら指先で押さへて ここが心臓あたり)

 

水掬ふとひらく掌アーナンダこの奇怪なる花を見てみよ

 

カ・ナ・リ・ア飛び移るたびに分裂したくさん死んでなほ籠のなか

 

あの崖からこの崖から水仙の香り飛びわれはあやふくゐる爪木崎

 

ウォーターリリーふれたら逃げるウォーターリリー呼んだら消える

 

 

 

 

 

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コロナ禍を経ての第八歌集。俳句ではまず無理な時事詠が多く取り入れられ、貴重な時代の記録となっている。連作として1冊としての完成度も高い。

 

非常に理知的な作風で、解説が必要な歌はほぼ無いのだが、それでは面白く無いので、敢えて曖昧模糊な妖しい五首を残してみた。

 

 

 

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銀杏落葉ひとつくらいはもっている

 

冬花火

『渡辺のわたし 新装版』斉藤斎藤(港の人2016)より抜粋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君の落としたハンカチを君に手渡してぼくはもとの背景にもどった

 

いつまでも手を振りつづけてたいつまでもいつまでも手は見えつづけてた

 

蛇口をひねりお湯になるまで見えている──そう、ただ一人だけの人の顔が

 

遺族らは見てなくもない中庭に鳥がなにかを告げていること

蛍光灯がもったいつけて消えて点く きょうも誰かの喪が明けてゆく

くらやみに頬杖のかたちをしてる体の父がおそろしくなる

 

わたしの視野になにかが欠けていると思いそれは眼球と金魚を買った

 

部屋中の空気が耳にやってくる音にテレビをつけたけど消す

 

扉を開けてずんずん進む暗闇に横たわるきみであるはずの影

 

ひるねからわたしだけめざめてみると右に昼寝をしてるわたくし

 

 

 

 

 

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オンデマンド発刊された後の紙本。同年に第二歌集『人の道、死ぬと町』も刊行された。

 

君だの僕だの頻出する歌集は感想を述べる前にそっと閉じてしまうのだが、この人の場合、ふわふわした日常詠は少な目、適度にクールな所が気に入っている。

 

 

 

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間断なく笑いつづける冬花火

 

 

 

雪催

落合直文の百首』梶原さい子(ふらんす堂2023)より抜粋

 

 

 

 

 

 

名もしれぬちひさき星をたづねゆきて住まばやと思ふ夜半もありけり

 

夕暮れを何とはなしに野にいでて何とはなしに家にかへりぬ

 

緋縅の鎧をつけて太刀はきてみばやとぞ思ふ山桜花

 

砂の上にわが恋人の名をかけば波のよせきてかげもとどめず

 

手ににぎる小筆の柄のつめたさをおぼゆるまでに秋たけにけり

 

わが宿の八重のしら菊その色の一重は月のひかりなるらむ

 

さびしさに椿ひろひて投げやれば波、輪をなせり庭の池水

 

まどへりとみづから知りて神垣にのろひの釘をすててかへりぬ

 

少女子が繭いれおきし手箱よりうつくしき蝶のふたつ出できぬ

 

をとめ子が泳ぎしあとの遠浅に浮輪の如き月浮びきぬ

 

 

 

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落合直文は江戸時代末期、気仙沼市伊達家重臣の家に次男として生まれた。

新体詩の作者としてデビュー後、和歌の革新に取り組み、短歌結社あさ香社を設立、この活動が「現代短歌」へと繋がってゆく。

 

この本の良さは、梶原氏の解説の良さにあると思う。事前の知識は全く無い状況で読み始めたが、途中からは直文の大ファンになってしまった。現代文への読み下しも美文、簡潔でありがたい。

 

 

 

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何度でも手のひらかざす雪催

 

 

冬に入る

『無辺』小川軽舟(ふらんす堂2022)より抜粋

 

 

 

 

 

 

 

人の顔みな百合めきぬ終電車

日に茂り月に茂りて廃市たり

 

風船は絞められし首振りやまず

かたまりより仔猫の形掴み出す

 

数へ日や顔見に来たと顔笑ふ

 

 

 

 

 

 

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小川軽舟氏の第六句集。

上品で穏やかな作風、古いフイルム映画のような世界観である。そこに生きる人達に体温は無く、朧、仮想現実、メタバースめく。

 

 

 

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電子天秤ひかりの重み冬に入る