みえない、朝と夜がこんなに早く入れ替わるのに。
みえない、父と母が死んでみせてくれたのに。
みえない、
私にはそこの所がみえない。
(くりかえし)
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詩歌におけるジェンダー問題のリサーチ中、ちょっと寄り道して『石垣りん』について調べている。代表作は1950〜60年代に集中しているので戦中戦後のイメージが強いが、実は2004年まで存命で、意外と同時代の人なのである。
伊藤氏は本書の解説の中で、女性詩人(女流詩人)が傍系扱いされる現状について触れられている。「批評も詩論も、いつまでも女の立場からは読まれていかない」という問題提議は、7年後の現在も棚上げされたままであり、ジェンダーフリーの流れの中で長くその場足踏みをしている。
上掲の詩は、早稲田文学増刊女性号(川上未映子編2017)の巻頭にミレーの詩と共に載せられた。何故この詩が選ばれたのか不勉強でよく解らないのだが、解らないからこそ印象に残る象徴的な一編となった。
次の間に控え候黒葡萄