『星の嵌め殺し』川野芽生(河出書房新社2024)より抜粋 * * * * * * * * * * 変若水(をちみづ)を月より持ちて来し者に目鼻なし もういらないと言ふ 魔物らにさまざまの色の膚ありてたとえば鬱金櫻のみどり 魔女を狩れ、とふ声たかくひくくしてわが…
『心臓の風化』藪内亮輔(書肆侃侃房2024)より抜粋 * * * * * * * * * * ほの青き炎のやうなその水を掬ふ 静かに色をうしなふ 言語野に雪ふりなにもみわたせぬわれは無力でただただ白い くらくしてわたしがねむるときずつと闇はまなこを開けて視て…
『あかるい花束』岡本真帆(ナナロク社2024)より抜粋 * * * * * * * * * * 鏡には出口がなくて湖で交わしたことも忘れてしまう すべてほろびたかとおもう なにもなく平和であたたかな土手にいる うごめきを見極めようと目を凝らす誰もが信じたいも…
『雨の日』宇多喜代子(角川書店2024)より抜粋 * * * * * * * * * * 夏怒濤半透明をくりかえす 梟の目にうつるものみな歪 桜の夜ここまで水の匂いくる これは誰この襤褸はなに夕焼中 元夏帽持ち主は人間でありぬ 火ぶくれの石によりそう夏の草 蟬し…
『留守にしております。』瀧村小奈生(左右社2024)より抜粋 * * * * * * * * * * 境界のいつもは水の側にいる 蛾を払う指の先から暮れてゆく さよならの明るいほうが酔芙蓉 沈丁やそのへんが夜の入口 蛇口から春だ春だと流れだす ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•…
『海のうた』左右社編集部(左右社2024)より抜粋 * * * * * * * * * * 釣り船のあかりと星とを分かちゐし水平線が闇にほどける 光森裕樹 海を見よ その平らかさたよりなさ 僕はかたちを持ってしまった 服部真里子 雷が海に落ちたねわたしたち上へ上…
『耳梨』桐山太志(ふらんす堂2023)より抜粋 * * * * * * * * * * 僧入りてふたたび閉づる余花の門 朝霧のひらく川面や嗽ぐ 羊歯を打つ雨の太さや川施餓鬼 草ひばり模型屋暗く開いてをり 星移る夜の青さや夏神楽 襟首に落花つめたき夕堤 没年のそろ…
『木の十字架』堀辰雄/山本善行撰(灯光舎2022)より抜粋 * * * * * * * * * * 「ほら、あそこにそのとき僕が樂書をした跡がある……」 そう云って、物憂そうに椅子に首をもたせたまま、疲れた一羽の鳥のような、大きなぎょろっとした目で彼が見上げて…
『現代短歌パスポート3』藤枝大編(書肆侃侃房2024)より抜粋 * * * * * * * * * * * * * * * ひえびえと言葉は思惟を梳きながら夜を垂れているビニールの紐 夢の中から現実へ投げ上げるコインに君の横顔うつる 金色のひかりの腕を振りまわし一…
『新美南吉の詩と童話』谷悦子(和泉書院2023)より抜粋 * * * * * * * * * * * * * * * 「去りゆく人に」 新美南吉 お前と二人で建てた 丘の上の二人の家を 壊してしまはう 美しい台所も 心地よい居間も 陽のあたるテラスも 壊してしまはう 二…
『落雷はすべてキス』最果タヒ(新潮社2024)より抜粋 * * * * * * * * * * * * * * * * きみのことを好きだと思うとき、 遠くのろうそくの炎がひとつ、不意に消える、 その繰り返しで、 いつかまっくらの夜が遠くの街にやってきて、 満天の星…
『永遠よりも少し短い日常』荻原裕幸(書肆侃侃房2022)より抜粋 * * * * * * * * * * * * * * * 春をすすむ二人の駒のおもてうら書体は花のやうにくづれて 秋の空の底にてひとはひとりづつ誰かとなつてひたすら動く 十薬匂ふ湯の沸きはじめの…
『沼の夢』工藤吉生(左右社2024)より抜粋 * * * * * * * * * * * * * * * ボールペン薄くなりゆく 私もう元の世界に戻らなくては スイッチを入れれば笑う人形を手に取るすでにほほえみながら 洗っても落ちない自分だと思う拭いても濡れた自分…
『前川佐美雄歌集』三枝昂之編(書肆侃侃房2023)より抜粋 * * * * * * * * * * * * * * * 「春の日」抄 おのづから眼はわが前を見つめしに人の眼がおどろきにけり 神々のいのちをいくつ殺めしと思ふ暗闇のとき過ぎたるに 「植物祭」完本 床の…
『岡井隆の百首』大辻隆弘(ふらんす堂2023) より抜粋 * * * * * * * * * * * * * * * 號泣をして済むならばよからむに花群るるくらき外に挿されて 葉擦れ雨音ふたたび生きて何せむと病む声は告ぐ吾もしか思ふ からたちの萌黄といへどその暗く…
『水歌通信』くどうれいん×東直子(左右社2023)より抜粋 * * * * * * * * * * * * * * * 垂直のガラスを蛸があるいてる雨つよくふる都市のどこかに 眼鏡踏む レンズが枠を放たれて眼鏡もちいさな檻だと気づく 分離するくらげのように考えがと…
『与謝野晶子の百首』松平盟子(ふらんす堂2023)より抜粋 * * * * * * * * * * * * * * * わが子の目うるみてやがて隠れたる障子のそとに春の雨ふる 産屋なるわが枕辺に白く立つ大逆囚の十二の柩 若き日は尽きんとぞする平らなる野のにはかに…
『工藤直子詩集』工藤直子(角川春樹事務所2022)より * * * * * * * * * * * * * * * せみ なきながら 六月が死ぬ ご先祖の頭の割れ目で せみが 目を覚ます つめたいところ くらい深いところで やらかいせみの 熱い皮膚の カラ・カラ・カラ・…
『現代短歌パスポート1/2』藤枝大編集(書肆侃侃房2023)より抜粋 * * * * * * * * * * * * * * * 吐く息でまつげが濡れる土曜日にわずかに犬の鳴く声がする 完璧な時代 つねった頬から蝶が湧き顔が花畑になるような 三日月が心に刺さったまま…
『猫は髭から眠るもの』堀本裕樹編著(幻冬舎2022)より抜粋 * * * * * * * * * * * * * * * 第一回猫俳句大賞(ゲスト審査員/町田康) 新盆や見知らぬ猫のぽつり居て 梶政幸 黒猫の己が影踏む十三夜 後藤明弘 電気ストーブを猫と見つめている 菅…
『家族』千葉皓史(ふらんす堂2023)より抜粋 * * * * * * * * * * * * * * * 枯菊の沈んでゆける炎かな まつくらな泉に顔をつけにけり 一列に人のはひれる夏野かな 押入れが中から閉まる青嵐 ざくさくと歩める天の高さかな 投げ入れて壺の中ま…
『日々未来』南十二国(ふらんす堂2023)より抜粋 * * * * * * * * * * * * * * * 春の空言葉は歌になりたがり 暖かし耳を模様と想ふとき ロボットも博士を愛し春の草 底に手のゆらりと触るプールかな 夜桜や男の部屋に男来る 死ぬるは死に眠る…
『よもだ俳人子規の艶』夏井いつき・奥田瑛二(朝日新聞出版2023)より抜粋 * * * * * * * * * * * * * * * 鶯の鳴けるやさしさ我に無し 瑛二 あじさいや雨に打たれて生き急ぐ 瑛二 色里や十歩はなれて秋の風 子規 大門や夜桜深く灯ともれり 傾…
『句集 一人十色』梅沢富美男/夏井いつき監修(ヨシモトブックス2023)より抜粋 * * * * * * * * * * * * * * * 廃村のポストに小鳥来て夜明け 水やりはシジミ蝶起こさぬやうに 爪革の紅のさくさく霜柱 読み終へて痣の醒めゆくごと朝焼 花蘂降…
『うれしい近況』岡野大嗣(太田出版2023)より抜粋 * * * * * * * * * * * * * * * めのまえにあなたの口はひとつなのに頭のまんなかで声がする 空気いる?自転車置き場に猫がいてタイヤがふくらむまで見てくれる 春といえば鳴らしていない自…
『ヒューマン・ライツ』北山あさひ(左右社2023)より抜粋 * * * * * * * * * * * * * * * ぎんなんの翡翠の玉はみっしりと 約束に似た復讐もある 何を話し何に怒るの現世になみだぶくろのラメこぼれゆき オレンジと胡桃、涙とピスタチオ、薔薇…
『玉響 正木ゆう子句集』正木ゆう子(春秋社2023)より抜粋 * * * * * * * * * * * * * * * ゆれてゐる気がするゆれてゐる朧 しんかんと真昼や蚊帳の片外し ひとひらの炎をふたひらに秋彼岸 島山の一塊の蟬しぐれ 三千羽ひと声もなく鷹渡る は…
『荻窪メリーゴーランド』木下龍也・鈴木晴香(太田出版2023)より抜粋 * * * * * * * * * * * * * * * 君を撮るためのカメラがあたたまる太腿のうえ 海まで遠い (ひらくたび) ふたりふざけて切り合った髪の先端から火の匂い 私だけ結末を知っ…
『全山落葉』仲寒蟬(ふらんす堂2023)より抜粋 * * * * * * * * * * * * 海底に沈む神殿月日貝 炎昼や壁に塗り込められし門 どの水も人を欲して桜桃忌 たんぽぽをたどればローマまで行ける 黒板のゆるき湾曲冬に入る どの扉開けてもそこが春の牧 …
『才人と俳人 俳句交換句ッ記』堀本裕樹(集英社2023)より抜粋 * * * * * * * * * * * * 小鳥たち交わり散ってここは未来 小林エリカ 舌と舌離るる刹那小鳥来る 堀本裕樹 宝船の残骸打ち寄せて夜明け 藤野可織 橙が群青に落ち葉は宙ぶらりん 児玉…