現代詩
『木の十字架』堀辰雄/山本善行撰(灯光舎2022)より抜粋 * * * * * * * * * * 「ほら、あそこにそのとき僕が樂書をした跡がある……」 そう云って、物憂そうに椅子に首をもたせたまま、疲れた一羽の鳥のような、大きなぎょろっとした目で彼が見上げて…
『新美南吉の詩と童話』谷悦子(和泉書院2023)より抜粋 * * * * * * * * * * * * * * * 「去りゆく人に」 新美南吉 お前と二人で建てた 丘の上の二人の家を 壊してしまはう 美しい台所も 心地よい居間も 陽のあたるテラスも 壊してしまはう 二…
『落雷はすべてキス』最果タヒ(新潮社2024)より抜粋 * * * * * * * * * * * * * * * * きみのことを好きだと思うとき、 遠くのろうそくの炎がひとつ、不意に消える、 その繰り返しで、 いつかまっくらの夜が遠くの街にやってきて、 満天の星…
『工藤直子詩集』工藤直子(角川春樹事務所2022)より * * * * * * * * * * * * * * * せみ なきながら 六月が死ぬ ご先祖の頭の割れ目で せみが 目を覚ます つめたいところ くらい深いところで やらかいせみの 熱い皮膚の カラ・カラ・カラ・…
『吉増剛造詩集』吉増剛造(ハルキ文庫1999)より抜粋 * * * * * * * * * * ロサンヘルス (前略) 学校ニ、入ッテ行ッテ、教会ヲサガシタ。ワヲ作ッテ、花ヲサガシタ。 木箱ノ隅ノ、モモノ匂イ。 美シイ桃ガシッカリトケテ行ッタ。 木蔭、バス停、幾…
『愛の詩集』谷川俊太郎編(サンリオ1990/初版1981)より抜粋 * * * * * * * * * * * 一詩人の最後の歌 H・アンデルセン 私を高く運んで行け、お前、強い死よ 魂の大きな国へ。 私は神が私に命じた道を進んだ 額をまっすぐにあげて。 私が与えたす…
『週末のアルペジオ』三角みづ紀(春陽堂書店2023)より抜粋 * * * * * * * * * * 創造のはじまり うけとめる花弁 こんなにも小さな舟 乗りこんだら 挨拶を交わす 家々の灯りが そこはかとなく しかし確実に 揺れつづけて もはや ふたりではなく ひ…
『現代詩文庫1025 立原道造詩集』立原道造(思潮社1982)より抜粋 * * * * * * * 詩集〈暁と夕の詩〉Ⅹ 朝やけ 昨夜の眠りの よごれた死骸の上に 腰をかけてゐるのは だれ? その深い くらい瞳から 今また 僕の汲んでゐるものは 何ですか? こんなにも …
『不死身のつもりの流れ星』最果タヒ(PARCO出版2023)より抜粋 * * * * * * * * * * 美しく美しくと泣いている骨でも肉でもないぼくの湖 薔薇をのぞきこむときと、 ホテルの部屋に初めて入るときは、すこし似ていて、 ぼくはしばらくのあいだだけ、…
『ひとり暮らしののぞみさん』文:蜂飼耳/絵:大野八生(径書房2003)より抜粋 * * * * * * * 「ひとつ あげる」 と ちいさめの小鳥が いうので のぞみさんは あかい小石を もらうことにした。 「ありがとう」 アーモンドを つまむように おやゆびと ひ…
『リルケ詩集』生野幸吉訳(白凰社2001)より抜粋 * * * * * * * 少年 ぼくはなりたい、夜闇を衝いて 荒馬を駆る騎士のひとりに、 手には松明かかげ、長くほどけた髪さながらに、 まっしぐらに駆るいきおいの、大きな風に焔なびかせ。 小舟のへさきに立…
『だからもう はい、すきですという』服部みれい(ナナロク社2013)より抜粋 * * * * * * * 質問をする これは何のきおく? 空にむかって かみさまに きいた しずかに ひそむ 空 これは何のきおく? 海にむかって かみさまに きいた しずかに 凪る 海 …
『詩人のノート』田村隆一(朝日選書1986)より抜粋 etching 食刻法、腐食銅版術後、エッチング《蠟引きの銅版に針で絵などかき、酸で腐食して原版を作る》エッチングによる版画。 「腐刻画」という言葉、そしてその文字に出会った瞬間、ぼくの内部に渦動して…
『パラレルワールドのようなもの』文月悠光(思潮社2022)より抜粋 * * * * * * * * * * 誕生 (前略) たましいが永遠に壊れないならば、 肉体とは抜け殻に過ぎないのか。 死とは、光と影が反転するだけのこと。 地の影に触れるように生まれた手足が …
物言わぬ人の口紅冬の霧 寒月や真っ直ぐになる今になる 底冷えのターミナル覚めて見る、夢 ニベア缶冷たし青し朝の卓 藪柑子下がって揺れた小鳥分 穴を掘る遊びをしよう細雪 阪神忌樒の山へ分け入らむ 断崖、瀑布、寒禽やがて見喪う 寒鮒や紅き腑をもつ身の…
冬の海黒手袋の指し示す ポインセチア赤で真っ赤で真剣で holly night はぐれて薔薇の芽は赤い 山茶花の花踏んでおり担送車 風花よ後部座席は暗いまま 出発の荷物にもたれ寒の月 大寒や水底の草死にきれず 飽きもせず虎造唸る冬座敷 蝋梅や全く冷えてしまい…
『白秋詩抄』北原白秋(岩波文庫1933)より抜粋 風 一 遠きもの まづ揺れて、 つぎつぎに、 日に揺れて、 揺れ来るもの、 風なりと思ふ間もなし、 我いよよ揺られはじめぬ。 ニ 風吹けば風吹くがまま、 我はただ揺られ揺られつ。 揺られつつ、その風をまた、 …
『石垣りん詩集』伊藤比呂美編(岩波文庫2015)より抜粋 唱歌 みえない、朝と夜がこんなに早く入れ替わるのに。 みえない、父と母が死んでみせてくれたのに。 みえない、 私にはそこの所がみえない。 (くりかえし) ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•…
『左川ちか全集』島田龍編(書肆侃侃房2022)より抜粋② 眠つてゐる 髪の毛をほぐすところの風が茂みの中を駈け降りる時焔となる。 彼女は不似合な金の環をもつてくる。 まはしながらまはしながら空中に放擲する。 凡ての物質的な障碍、人は植物らがさうである…
青蜜柑唄の中ゆく貨物船 秋の潮無数に開くクラゲの眼 外は月夜らしい山椒魚黙す 木が走るかたかたかたかた良夜かな 狐花のりうつられていくけはい 白杖のしだいに細く十三夜 否と言う夢の覚め際秋彼岸 蹠は十字に痛む薄紅葉 指に垂れる針の尖端万聖節 崩れ落…
秋深しマダムはゆったり歩くもの みな死ねと森のドングリ踏めば悪 黄落や褪せた詩集の音となる 秋立ちて足の鋭き爪隠す 全盛期ならば殺してゴーヤ棚 生前にわかり合えない桔梗咲く 帰る人濡縁に立つ夏の終 蟷螂の渡る沓脱石の縞 寝返れば遠のく気配蘇鉄の葉 …