『不器男百句』 坪内稔典・谷さやん編(創風社出版/2006)より抜粋
永き日のにはとり柵を越えにけり
人入って門のこりたる暮春かな
向日葵の蕋を見るとき海消えし
川蟹のしろきむくろや秋磧
あなたなる夜雨の葛のあなたかな
花うばらふたたび堰にめぐり合ふ
みじろぎにきしむ木椅子や秋日和
まながひの蜻蛉あやめて帰省かな
白藤や揺りやみしかばうすみどり
銀杏にちりぢりの空暮れにけり
芝不器男は昭和五年、二十七歳を迎える前に亡くなった。昭和五年は昭和恐慌と呼ばれる大恐慌に見まわれた年で、愛媛の片田舎にもその影響は及んでいたと思われる。
働きたくても仕事がなく、ただ資産を食い潰す。大多数の大人が…という状況はコロナ禍の現代、発展途上国でも頻発している。恐慌から第二次世界大戦に繋がっていった歴史を鑑みれば、我々はここで何としても踏み止まらなくてはなるまい。
さて、話を不器男の俳句に戻そう。
明治生まれながら不器男の句はモダンで明晰である。彼の場合まず映像があり、それを言語に置き換えている。その言葉のチョイスは上品で語感音感も良く、上記の抜粋句などは令和の現代でも情景を思い浮かべられる汎用性を持つ。又、語り尽くさず色々な読みができる余白があることが、俳句としての肝心な仕掛けであり、自らを文学足らしめていると言えよう。