『渡邊白泉の100句を読む』 川名大(飯塚書店2021)より抜粋
白壁の穴より薔薇の国を覗く
やはらかき海のからだはみだらなる
提燈を遠くもちゆきてもて帰る
夏の海水兵ひとり紛失す
霧の夜の水葬礼や舷かしぐ
終点の線路がふつと無いところ
稲無限不意に涙の堰を切る
葛の花くらく死にたく死にがたく
白露や駅長ひとり汽車を待つ
谷底の空なき水の秋の暮
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総じてひりひりとした緊迫感が背後に潜んでいる。「怖い」なのか「暗い」なのか判然としないが、江戸川乱歩や横溝正史らの世界観に近しい。
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評伝の中では、『支那事変群作』をめぐる解説が面白かった。
全11章116句の大作は、農民漁民の召集→皇軍の戦闘→突撃→戦死→軍馬の戦死→飛行機による戦闘→中国兵の戦死→野戦病院→墓標→塹壕→全滅、と壮大なスケールで展開される。
俳句で時事を詠む事は難しいとされ、批判を恐れ忌避されがちだが、白泉は『戦争』を『文学』のテーマとし、真正面から取り組んだ。当然、有季派の楸邨や草田男から厳しく批判されて論争が勃発している。
時の淘汰を経て、この連作から幾つもの有名句が残ったという事実だけをみれば、白泉の姿勢は正しかったと言えるだろう。
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もう一つ面白いなと思ったのが、下記のシンクロニシティについての記述である。
梅咲いて白い馬などやつてくる 白泉
梅咲いて庭中に青鮫が来ている 兜太
川名氏は、独自の発想などと言っても高が知れていると微苦笑?されているが、この相似を発見した時は楽しかったに違いない。
梅咲いて…さて私は何を梅林に視るのだろう。