『主よ 一羽の鳩のために──須賀敦子詩集』 須賀敦子(2018河出書房新社)より
(夜毎くらがりに わたしはすはって)
夜毎くらがりに わたしはすはって
故郷を追はれた罪ないおまへの涙を
両の手に汲み ひとりのみほしては
苦い野のはての小花をつみあつめる。
その透明の液体が どんなに私の心を刺さうと
それでいゝ それでいゝ せめてすこしでも
おまへのくるしみさへかるくなればと 自分に云ひきかせ
わたしはねむらなくてもよい せめておまへのねむりが
あをしろくれなゐの小花につゝまれて安らかであってほしいと
せめて 露いっぱいの 萌える草みどりにつゝまれてほしいと。
夜毎くらがりに わたしはすはって
苦い 荒野の 小花をつみあつめる。
(1959/12)
阪神淡路大震災から27年。
神戸の街は今夕から祈りに包まれている。
あの日、縦揺れで飛び起きた後、建物がゆっくりギシギシギシと平行四辺形に歪んでは戻るのを、なす術もなく見詰めていた。たった数分間の出来事がコマ送りのように鮮明に記憶に残っている。
私のこの記憶も年と共に薄れていくのだろうが、それで良いのだと思う。
職場の若い子達は当然、震災の記憶は無い。震災後に移り住んだ人も多い。敢えてこちらから話すことでもないし、聞かれることも少なくなった。
子供の頃、親世代が太平洋戦争について話をしていたのを、遠い昔のお話として聞いていた。多分今の子供達も、あの頃の私と同じ気持ちで震災の話を聞いているのだろう。決して軽んじている訳では無いのだが…はいはいまたその話年寄りは好きよね…と。