三橋鷹女『羊歯地獄』自序より
一句を書くことは 一片の鱗の剝脱である
四十代に入つて始めてこの事を識つた
五十の坂を登りながら気付いたことは
剝脱した裏跡が 新しい鱗の芽生えによつて補はれてゐる事であつた
だが然し 六十歳のこの期に及んでは
失せた鱗の跡はもはや永遠に赤禿の儘である
今ここにその見苦しい傷痕を眺め
わが軀を蔽ふ残り少ない鱗の数をかぞへながら
独り、呟く……
一句を書くことは 一片の鱗の剝脱である
一片の鱗の剝脱は 生きてゐることの証だと思ふ
一片づつ 一片づつ剝脱して全身赤裸となる日の為に
「生きて 書け──」と心を励ます
『女性俳句の世界』(上野さち子著/岩波新書1989)にて、すぐれた一篇の詩として句集の自序部分が紹介されている。
なる程「詩」に違いない。私も句集を作るならば、こんな詩を前書きに置きたいと思う。
それにしても凄いと思うのが、著者の上野さち子さんである。どれ程の基礎知識があればこのような評伝が書けるのだろう。
ネットの世界にも、というか、ならでは、なのか、所属結社や同人へのヨイショが蔓延ってしまっている。忖度で片寄ってないか、用心しながら情報を得る必要がある。新刊本などは半年位眺めて泳がせて評価が固まるのを待つ。なんとも面倒くさい話である。