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echire☆echire project 俳句の記録

十薬

『定本多田智満子詩集』 多田智満子(砂子屋書房1994)より抜粋

 

 

 

 

 

水のひと

 

すべては水であるのか ひとよ

わたしは洩らしてしまいそうだ

夢のなかで あなたを

 

さぐられながら さぐっている

うかびながら うかべている

うすいまぶたに はなびらをください

(声は絵具のように水に溶ける)

 

満々と夜はたたえられていて

でもほんのすこし傾いていて

だから時は流れる ひとをうかべ

ひとを沈めて

 

はなびら くちびる

揺れやまぬ みみたぶ

弦楽のうすらあかりに

香りを曳いて漂っていく

 

遊ぐゆび そのゆびさきの桜貝

さぐられて かくしきれない秘密のように

とうとうそっと洩らしてしまう……

 

ひえびえと ぬれそぼたれて

どうしようもなく めざめるまでに

(あとから遅れて ひとひら

漂着するくちびる

夢の汀に)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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この詩の持つ雰囲気が、私の中の智満子のイメージに最も近い。

彼女の詩の大半は、夢の話、心象風景であり、ゆっくりと流れるフィルムを観るような印象を受ける。そして、舞台袖に立ち尽くし物語の顛末を見つめ続ける作者の姿を、私達は静かに見守ることになるのである。──なんともメタフィジカルな構成!

 

多田智満子は、1930年(昭和5年)生まれ。2003年没。現状、詩よりも翻訳やエッセイの評価が高い。

最後に香典返しとして準備したという句集(なぜに句集?)も、この機会に読んでみたいと思う。

 

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夏2022

 

十薬は開きぬ陰の王国へ